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「Away」新世代の才能誕生
に居合わせる幸運
~“ヨーロッパの新海誠”、
ギンツ・ジルバロディス監督の魅力~

数土直志(ジャーナリスト)
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アニメーション映画の常識を突き崩す映画が、ヨーロッパの小国ラトビアから現れた。ギンツ・ジルバロディス監督による『Away』だ。全編75分の作品をほとんど一人で作り上げた。 デジタル制作技術の発展もあり、最近は短編出身のアニメーション作家による長編作品が世界的に増えつつある。それでも製作・編集・音楽も含めて全てをひとりで手がけるのは異例だ。しかも作品完成時点でジルバロディス監督は若干25歳。作品にとりかかった時期はさらに早く22歳そこそこである。3年半もの間、ほとんど毎日朝から晩まで作品に取り組み続けたというから、その忍耐力と集中力はまさに驚異的である。
もちろん作品の素晴らしさは制作過程だけでなく、作品そのものにある。映像は個性に満ち溢れている。
見知らぬ島にひとり不時着した少年。彼はそこで遭遇した正体不明の巨大な黒い影から逃避行を続ける。(次ページに続く)


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全編セリフがなく、逃走は淡々と描かれる。作品の魅力はこの静謐さと緊張感の絶妙なバランスだ。映像と合わせて聞こえてくるのは水の流れ、鳥のさえずり、風のそよぎ、バイクのエンジン音、それらは耳を凝らすと聞こえ、決して主張過ぎることがない。しかし正体を明かされることなく迫りくる黒い影からは不穏な空気が漂い、張り詰めた緊張感が持続する。森、湖、氷河……、表情を変え続ける自然の映像と伴に目が離せず、観客を絶えず惹きつける理由だ。
2019年に完成した作品は、世界最大のアニメーション映画祭であるアヌシー国際映画祭のオフィシャルコンペティションに出品される。斬新な長編作品を対象とするコントルシャン部門で上映されると映画祭の観客をたちまち魅了し、グランプリに輝く。
その後も各国の映画祭を席巻し、そして2020年の日本公開だ。現在に至るサクセスストーリーの誕生である。 (次ページに続く)


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若くして一人でアニメーション作品を完成させ、それが世界で高く評価される。この驚きは日本における2002年の新海誠監督の登場に近い。『君の名は。』で知られる新海監督は、29歳当時『ほしのこえ』を一人で作り上げ、その高い評価で一気に名をあげた。
それでも『ほしのこえ』の長さは25分だから、75分の『Away』の大作ぶりに驚かされる。違いの一つに制作技術の進歩がある。ジルバロディス監督は最新のCGツールを巧みに使いこなす。リアルタイムレンダリングという技術を用いてキャラクターの動きを生み出す手間を減らす。空を飛ぶ鳥といった動物や森の木々、風景では一度作った素材をコピーし、アレンジして最大限に再活用する。
ただそうした省力化は単なる工程短縮でなく、映像に新しい驚きを与える。シンプルな線でデザインされたキャラクターや動物たちはイラストレーションのような魅力を漂わせる。(次ページに続く)


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空の雲や木々、岩の連続は画面に奥行きを与え、果てしない世界の広さを感じさせる。平面表現が強調されたデザイン、空間は日本アニメに見慣れた日本の観客にも大きくアピールするに違いない。
長期間に及んだ制作実現には、日本と異なるヨーロッパでのアニメーション制作環境の違いもある。どうすれば3年半もの期間をアニメーション制作に集中できるのか、日本であればそんな疑問を持つはずだ。実は本作の制作にあたりジルバロディス監督は、母国ラトビアの芸術支援制度の助成金を得ている。ラトビアは北欧とロシアに間に位置するバルト3国のひとつ。1990年のソビエトからの独立を記憶している人もいるかもしれない。そんな小国ラトビアが世界で生き残る戦略がクリエイティブ振興なのだろう。(次ページに続く)


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ひどく困難に見えるひとりだけでの制作だが、実際は集団作業にはない利点も多い。ひとつは制作予算である。アニメーション制作は人手が増えることでコストが上昇する。しかし自分だけであれば、限られた予算で制作が可能になる。
またクリエイティブを全面的に自分でコントロール出来るのが強みだ。短編作家のように自身の個性を最大限に作品に反映することが可能だ。今世界ではインディーズのアニメーション作家が長編映画に乗り出すことが増えている。監督の個性が強く打ち出す作品は、類型的に陥りがちな長編アニメーションの世界に刺激を与え、アニメーション映画の表現の豊かさを広げた。『Away』はそうした積み上げのなかから生まれた傑作だ。ジルバロディス監督を新海誠監督の様と評したが、まさに新世代の感性がストレートに表れたことも共通する点だ。
何も語ることなく、黙々と逃避行を繰り広げる『Away』の主人公。そこには正体不明の敵に追われる恐怖、孤独、そしてそれに対峙する勇気や時には自然の美しさと出会う歓喜もある。(次ページに続く)


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そうした主人公の姿は、一人アニメーション制作に向かい合い続けたジルバロディス監督とどこか重なる。 『Away』の作品のなかで主人公は長い旅路の果てに確かな何かをみつけたに違いない。そして監督自身も長い制作を完成させることで確かなものを掴んだだろう。その成果はこれから生まれる新たな作品に反映されるはずだ。新海誠監督は当初は自分ひとりで『ほしのこえ』を制作したが、やがて他のスタッフとチームを組むことで、より大きな作品で世に羽ばたいていった。ジルバロディス監督も次回作では、小さなチームで制作するという。
ジルバロディス監督は最も活躍が期待されるアニメーション監督として、新たな傑作を創り続けるはずだ。ある時代、ある時に特異な才能が突如として現れることがある。まさに今『Away』を見る経験こそが、新たな才能の誕生に居合わせる稀有な体験なのだ。
― 数土直志(ジャーナリスト)


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